古代ギリシャ神話をのぞいてみると、剣や弓を振るう英雄たちに負けないくらい、魔術や呪文を使いこなす女性たちが大勢登場してきます。
いわば“神話世界の魔女たち”。
人を動物に変えてしまったり、薬草で心を操ったり、ときには死や夜といった神秘の領域までも支配する──そんな存在なんです。
こうした彼女たちの姿こそ、のちのヨーロッパで語られる「魔女像」の原点。
神話の中で、彼女たちはいつも知恵と恐怖のあいだに立っていて、人々の心をぐっと惹きつけていたんですね。
つまりギリシャ神話に登場する「魔女」は、ただの怪しい術者ではなく、「知恵と畏れ」をまとった魅力的な存在だったというわけなんです。
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オデュッセウスに杯を差し出す魔女キルケ
キルケの提供した食べ物や飲み物を口にしたオデュッセウスの仲間達は豚に変えられてしまった。
─ 出典:ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス作/Wikimedia Commons Public Domainより ─
キルケは、太陽神ヘリオスの娘として生まれ、薬草と呪文の扱いに長けた魔女として知られています。
数ある神話の中でも、彼女がとびきり有名になるのが、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に登場するあのエピソードです。
旅の途中、オデュッセウスの一行はキルケの住む島にたどり着きます。
彼女は彼らを豪華な食事でもてなすのですが……実はその料理や飲み物には薬草が仕込まれていて、なんと仲間たちは次々と豚の姿に変えられてしまうんです。
このシーンは、「人の姿や心を自在に変えてしまう魔術の恐ろしさ」を見事に描いています。
まさに古代の人々が抱いた「魔女」への畏れそのものだったんですね。
でもオデュッセウス本人は違いました。
彼は神ヘルメスから授かった魔除けの草(モリュ)のおかげで、キルケの魔法が効かなかったんです。
剣を手にしたオデュッセウスがキルケに迫ると、彼女は態度を一変。
一転して、彼に従い、なんと1年にわたって歓待し、航海の助言まで与える存在になります。
恐ろしい魔女だったはずが、一気に導き手に変わっていくんですね。
キルケは、ただの“こわい魔女”では終わらないキャラクター。
美しさと知恵をあわせ持ち、「誘惑する魔女」であると同時に、「道を示す賢者」としての一面も見せてくれます。
この二面性こそが、彼女をギリシャ神話の中でも特に魅力的な存在にしているんですね。
恐れられながらも敬われる──そんな魔女像の原型が、キルケにはしっかり刻まれているのです。
つまりキルケは、人を惑わせる魔女であると同時に、導きを与える賢者でもあったのです。
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復讐の為に薬を調合するメデイア
策略と呪術で状況を切り開く彼女の性格が端的に表れている作品
出典:Photo by John William Waterhouse / Wikimedia Commons Public domain
メデイアはコルキスの王女にして、並外れた魔術の使い手。そんな彼女が心奪われたのが、あの英雄イアソンでした。危険だらけの冒険を支え、ときに命がけで助けたことで、彼女の人生も大きく動いていくんです。
愛と魔法──このふたつを武器にしたメデイアの物語は、ギリシャ神話の中でもとびきり強烈な印象を残しているんですよ。
イアソンが黄金の羊の毛皮を求めてコルキスにやってきたとき、メデイアは惜しみなく協力しました。魔法の薬草、秘術の呪文……そのおかげで、炎を吹く雄牛を手懐け、眠らない竜までも眠らせてしまうんです。
つまりイアソンの成功は、彼ひとりの手柄じゃなくて、メデイアの知恵と魔術があってこそだったってわけですね。
でも──ギリシャに帰ったあと、イアソンは別の女性を妻にしようとします。信じてついてきたメデイアにとっては、裏切り以外の何ものでもなかったんですね。
その怒りはすさまじく、彼女は呪いの衣をライバルの花嫁に贈り、その命を奪います。さらに……激情のなか、自分の子どもすら手にかけたと語り継がれているんです。
愛していたからこそ、裏切られたときの反動もすさまじかった。その怖さが、全身からにじみ出ていました。
国も家族も投げ打って愛に生きた献身の人。けれど一度裏切られれば、誰よりも冷酷な復讐者へと姿を変える……そんな両極を持っていたのが、メデイアという女性でした。
「愛と憎しみのあいだにある、紙一重のちから」を象徴する存在だったんですね。
だからこそ、メデイアは今も演劇や文学のなかで、何度も何度も語り直されるんです。魅せられた者たちの心に、ずっと棲みつづけているんですよ。
つまりメデイアは、愛と憎しみの境界に立つ魔女の姿を象徴しているのです。
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死者達の王女ヘカテ
冥界の境界と魔術に通じる女神を不気味な夜の情景の中に描き、「魔女」的性格を強調している。
出典:ウィリアム・ブレイク作(1795頃)/Photo by The Yorck Project / Wikimedia Commons Public domain
最後に紹介するのはヘカテ。彼女は人間じゃなくて、れっきとした女神なんです。夜と魔術、そして死者の霊にまで影響力を持つ、ちょっと怖くて、でもどこか惹きつけられる存在。
時が経つにつれ「魔女の女王」なんて呼ばれるようにもなって、ギリシャ神話の中でもひときわミステリアスな光を放ってるんですよ。
ヘカテはよく三面神として描かれます。十字路や墓のそばに立ってる像を見ると、顔が三つ、それぞれ違う方向を見ていたりするんですね。
これにはちゃんと意味があって、「過去・現在・未来」とか「地上・海・冥界」みたいに、複数の世界を同時に見渡してるっていう象徴なんです。
その三重の姿こそが、時間も空間も超える境界の女神としてのヘカテの姿を表していたんですね。
ヘカテは呪術や薬草を自在に使いこなすだけじゃなく、死者の霊を呼び出すことすらできたといわれています。
そんな力を持つからこそ、夜の魔術や儀式では彼女が守護神として信仰されたんですね。人々はその力にすがって、夜ごと祈りを捧げたそうです。
冥界の入口や墓地にお供え物を置く風習も、じつはヘカテへの信仰の名残かもしれません。
ヘカテって、たしかに恐ろしげな神さま。でも、ちゃんと敬意をもって祈れば守りと導きを与えてくれる女神でもあったんです。
境界に立つ者をそっと守り、けれど道を踏み外す者には静かな恐怖で警告を与える……そんな存在。
だからこそ、ヘカテは「畏れと尊敬が共存する魔法の女神」として、今でも神秘の象徴として語り継がれてるんです。
つまりヘカテは、魔術の根源を司る女神として、人々に恐怖と守護の両方を与えていたのです。
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