ギリシャ神話の「悪い神」と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのがハデスやエリスなどの名だと思います。しかし、実際には「悪」の概念が現代と異なり、ギリシャ神話の神々は「悪」と「善」を単純に分けることが難しい存在です。ギリシャ神話において、神々は人間の行動や感情の象徴として役割を持ち、それぞれの性質が神話の物語に反映されています。以下に、ギリシャ神話の中で「悪」とされがちな神々について掘り下げていきます。
ハデスがペルセポネを誘拐する瞬間を描いた絵画
(出典:Wikimedia Commons Public Domainより)
まず挙げられるのがハデス(Hades)です。彼は死者の国、冥界の支配者であり、ゼウスやポセイドンの兄にあたります。ハデスは悪意を持って人間を不幸に陥れる存在ではなく、あくまで死後の世界を治める役割に忠実に従っています。しかし、彼の冷徹さや不気味さが強調され、しばしば「暗い神」として描かれるのです。特に、冥界の女王とするためにペルセポネを誘拐した神話では、ハデスの執着心や強引さが「悪」として語り継がれた背景があります。彼の性質は現代的な倫理観に照らしてみると「悪」に近いものの、冥界を秩序あるものに保とうとするその在り方こそが彼の使命だったといえるでしょう。
しばしば恐怖の対象になりがちだったのは、不和と争いを象徴する女神エリス(Eris)です。エリスはゼウスやヘラのようにオリンポス十二神には数えられませんが、その行動は神々や人間に大きな影響を及ぼしました。彼女のエピソードで特に有名なのが、トロイア戦争の原因となった「黄金の林檎」事件です。
エリスが神々の宴に招かれなかった際、彼女は「最も美しい者へ」と刻まれた黄金の林檎を宴会場に投げ込みました。この林檎を巡り、女神ヘラ、アテナ、アフロディテが争いが激化し、トロイア戦争へと発展していくのです。エリスの一投が、歴史的な戦いを引き起こしたわけで、まさに不和の神たる所業だったわけですね。
さらに、「復讐」を司る女神ネメシス(Nemesis)も、ある種の「悪い神」として知られています。ネメシスは特に驕り高ぶる者を裁き、正義の鉄槌を下す存在ですが、彼女の復讐心は時に容赦がなく、残酷ささえ感じさせます。このように、神話ではネメシスが人間の道徳を超越し、情け容赦なく復讐を行う姿が描かれます。彼女の行動は単なる「悪」ではなく、神々によって課せられた倫理的な秩序を守るための制裁ですが、冷酷な側面が強調されることで「悪」としての印象を持たれることが多かったのです。
戦の神であるアレス(Ares)も、古代ギリシャ人にとって不吉な存在として恐れられていました。アレスは戦いそのものの残酷さや苦しみを象徴しており、戦争の悲惨さと無慈悲さを具現化しています。彼は争いを好む神であり、その好戦的な性格が「悪い神」という印象を持たれる一因となりました。しかし、アレスは戦争の悲惨さ示す役割を担い、人間社会の争いや痛みを神話の中で体現する存在でもあります。アレスの戦いへの執着は、恐ろしい反面、戦争が避けて通れない現実の一面を示しているわけです。
このようにギリシャ神話における「悪い神」とされる存在は、単に「悪」ではなく、特定の役割を持った神々なのです。彼らの性質や行動は「悪」として人々に畏怖の念を抱かせつつ、同時に神話世界の秩序や教訓を伝えるための象徴だったといえますね。