古代ギリシャ神話には、ちょっとした嫉妬や見栄が、とんでもない大ごとに発展しちゃうお話がいくつもあるんです。その代表格が「不和の林檎」の伝説。
神々の宴に呼ばれなかったエリスが腹いせに投げ入れた一個の林檎。そこには「最も美しい女神へ」なんて意味深な言葉が刻まれていて……。
これが火種となって女神たちの間で大ゲンカが勃発。その争いが回り回って、ついにはトロイア戦争という大きな歴史的事件へとつながっていくんですね。
たった一つの林檎から始まった神話は、「小さな不和がやがて大きな戦乱を招く」っていう教訓を、今に伝えてくれているんです。
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不和の女神エリス
紀元前6世紀のアッティカ黒像式陶器に描かれたエリス像。黄金の林檎をめぐる騒動の前触れとして、不和を擬人化した女神の姿を伝える。
出典:Antikensammlung Berlin / Wikimedia Commons Public domain
まず押さえておきたいのが、エリスという神様のこと。彼女は「不和」をつかさどる女神で、その名前からしてもうゴタゴタの象徴なんです。
そんなエリスが、神々の華やかな結婚式に呼ばれなかった──この“のけもの”にされたことが、後にとんでもない騒動の火種になるんですね。
舞台となったのは、英雄アキレウスの両親であるペレウスとテティスの婚礼。
ゼウスをはじめとする神々が大集合する、まさに神話界のビッグイベントだったんですが、エリスだけはあえて招かれなかったんです。
これがもう、エリスにとっては屈辱以外の何ものでもありません。そしてこの除外が、神々の運命を大きく揺るがすきっかけになってしまうんです。
怒り心頭のエリスは、宴のど真ん中に黄金の林檎をポンと投げ込みます。その林檎には「最も美しい女神へ」と、なんとも意味深な一言が。
たったそれだけ。でも、その一言が女神たちのプライドに火をつけちゃったんですね。
疑いと競争心が芽生えて、場の空気は一変。この黄金の林檎こそが、のちのトロイア戦争につながる最初の引き金となったのです。
エリスの行動は、神話の中で争いの始まりを象徴するものでした。
でも同時に、「ほんの少しの不満や嫉妬が、気づけば大きな対立に育ってしまう」という、人間社会のリアルを映した存在でもあったんですね。
混乱の女神エリス──その姿は、今も私たちの中に潜んでいるのかもしれません。
つまりエリスは、神話の中で争いのきっかけを担う存在として描かれていたのです。
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黄金の林檎を投げ入れるエリス
「パリスの審判」の象徴的絵画。不和の女神エリスが婚礼の席に「最も美しい女神へ」と書かれた林檎を投げ入れ、ヘラ・アテナ・アフロディテの美を巡る争いを誘発している。
出典:Photo by ヤーコプ・ヨルダーンス(1593 - 1678) / Wikimedia Commons Public domain
黄金の林檎に書かれていたのは、たったひと言──「最も美しい女神へ」。
でもその一文が、女神たちの心に火をつけ、神々の世界を揺るがす争いの引き金になってしまうんです。
この林檎をめぐって名乗りを上げたのが、アテナ・アフロディテ・ヘラという三柱の女神。
知恵と戦略のアテナ、愛と美のアフロディテ、権力と繁栄のヘラ──どの女神も「私こそが一番美しい!」と譲らず、プライドが真っ向からぶつかります。
女神たちの自尊心が火花を散らす、その瞬間でした。
さすがのゼウスも、この難問には頭を抱えました。自分で裁くことは避けて、決断をトロイアの若き王子パリスに託します。
いきなり人生最大の選択を迫られたパリス。だけど、この判断がトロイア戦争へとつながるなんて、まだ知るよしもなかったんですね。
三女神は、パリスの心をつかもうと、それぞれ贈り物をちらつかせます。アテナは「戦での勝利」、ヘラは「世界を支配する権力」、そしてアフロディテは「世界一の美女の愛」。
その中でパリスが選んだのは──アフロディテ。そして彼女が与えたのが、美しきヘレン。
ここからヘレンをめぐる争奪戦が始まり、ギリシャ中を巻き込む戦乱の幕が上がるのです。
小さな選択が、歴史の大きなうねりを生む──だからこそ、この「黄金の林檎」の物語は、何千年も語り継がれているんですね。
つまり黄金の林檎は、美と権力をめぐる女神たちの対立を引き起こす象徴的な存在だったのです。
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ジャン・タッセル作「ヘレネの誘拐」1660年頃
「世界一の美女」と称されたヘレネをパリスが誘拐する場面
─ 出典:Wikimedia Commons Public Domainより ─
パリスの選んだひと言が、物語のスケールを一気に広げていきます。アフロディテの約束が果たされるとき、ついに登場するのが「世界一の美女」と称されたヘレネ。
このヘレネ、実はスパルタの王メネラオスの正妻だったんです。
ところがアフロディテの導きに従って、パリスは彼女を誘惑し、そのままトロイアへと連れ去ってしまいます。
この一件が、ギリシャ世界全体を巻き込むことになる、大戦争の決定的な引き金になってしまったんですね。
当然ながら、メネラオスは激怒。兄であるアガメムノンと手を組み、ギリシャ中の有力者たちに声をかけて、大遠征軍を結成します。
こうしてトロイア戦争が勃発──神々の宴で投げられたたった一つの林檎が、世界を揺るがす争いを呼び込むことになったんです。
たった一つの林檎、そして小さな不和が、世界を揺るがす戦いを引き起こす──この神話が伝える皮肉、なかなか深いですよね。
このお話が語りかけてくるのは、「大きな争いの火種って、意外とささいなところに潜んでるよ」ということ。
ちょっとした嫉妬や軽い選択が、いつの間にか手のつけられない戦乱を呼び寄せてしまうことだってあるんです。
だからこそ、古代の人たちはこの神話を通して、「不和の恐ろしさ」を何度も語り継いできたんですね。
つまり「不和の林檎」の伝説は、トロイア戦争という壮大な物語の起点を描きながら、争いの本質を映し出していたのです。
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